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冬野由記
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標高と緯度の高いところを志向する癖があります。そんなわけで、北国でのアウトドアや旅が好きになってしまいました。 旅の印象を絵にしたり、興が乗れば旅に携帯した笛を吹いたりすることもあります。
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2009年11月22日

テロリスト列伝 Ⅰ『サムソン』(その4)

《『サムソン』 その4》


 ペリシテ人がどこからやってきたかは、はっきりしない。彼らは、紀元前十三世紀ごろに海からやってきて、カナンの地中海沿岸に都市国家群を建設した海の民である。彼らの姿は、たとえば、ほぼ同時代に小アジアのエーゲ海沿岸に植民した民が建設した都市国家イリオス――トロイア――を想起させる。海の民であり、通商に長け、自然界のさまざまなものや現象に神性、あるいは霊性をみとめる。あらゆる霊性をおそれつつ、その機嫌をとることで御利益を得ようとする陽性で開放的な資質を持つ人々である。多神教と言ってしまえばそれまでだが、それは信仰というよりは、まじないに近いかもしれない。だから、彼らは祀りが好きである。賑やかで華やかな祀りが好きである。彼らは、最も重視する霊性をダゴンと呼び、牛をシンボルとして祀ることもした。(クレタ島のミノス文明の担い手たちも牛をシンボルとして祀り、明るく躍動的な文明を築いた人々であった)いずれにせよ、彼らもまた古代ギリシアやクレタと同様、古代地中海文明の活発な担い手であったろう。
 小麦色に焼けた美しい肌と、明るく大きな瞳を持った快活な少女からは、広大で光り輝く海の香りがした。サムソンは、その屈託のない少女の明るさを愛すると同時に、もしかしたら、同じ香りを放つペリシテの気風も愛したかもしれない。

 いよいよ婚礼の日、サムソンは少女の家があるティムナの街に向かう途中、ふと、先日引き裂いた若獅子の事を思い出して、あの葡萄畑のほうへ足を向けた。そして、獅子の屍のあるところに来ると、かつて若く力にあふれていたはずの獅子だったはずの亡骸は乾ききって朽ちており、蜜蜂が巣を営んでいた。サムソンの敵に相応しい、逞しく大きな身体を持ち、勇ましく猛々しかった獣の王の身体が、わずかな期間で小さな虫どもの宿るところとなっている。
 群れ飛ぶ蜜蜂は、サムソンの仕事を甘い蜜に替えてしまった。一瞬、サムソンは不快な心持がしたが、この蜜もまた、自分の戦利品なのだと思い直した。蜜蜂が獅子を倒したのではない。虫どもは、サムソンが引き裂いた獅子に宿を借りて蜜を集めたに過ぎない。であるならば、獅子を蜜に替えたのは他ならぬサムソンである。

 ――この蜜は、わたしの獲物だ。

 サムソンは獅子の屍から蜜を掻きとり、その蜜を父母や新婦の家族に贈り物としてふるまったが、それが自ら引き裂いた獅子の死骸から掻きとったものだとは言わなかった。そして、婚礼の宴に集まった新婦の親族たちに、宴会の余興として謎かけを申し出た。客たちが謎を解けば新郎はひとりひとりに贈り物をしなくてはならないが、謎が解けなければ客たちがそれぞれ新郎に贈り物をする。いわば、結婚の祝いに華を添える恒例の余興であり、謎は不可解で解けないに決まっている。新郎に贈り物をするのが目的なのだから。

 ――食らう者から食物が出た。強いものから甘いものが出た。


――続く――

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